LOGINようやく家族3人での帰り道は喧騒から離れてホッと一息といったところ。
あいかわらず道行く人からの視線は感じるけど。違うとはわかっていてもキレイな姉とかわいい妹を連れて両手に華なのがうらやましいんだなと決めつけ虚しい優越感に浸っているとひよりが苦情を言ってきた。
「ゆきちゃんひどいよ!なんで今朝はかわいい妹をほって先に行っちゃったの~?」
わたしの腕を捕まえながら頬を膨らませて拗ねている。ひよりは昔からお兄ちゃん子で中学生になった今でも変わらずこうやってくっついて甘えてくれる。
普通の妹は兄をごみのように扱うとも聞くのでこの甘えん坊の妹がかわいくて仕方ない。
あぁもう!拗ねた顔も可愛いなこいつは!孫を甘やかすおじいちゃんのような締まりのない顔になりながらひよりの頭を撫でる。
「ごめんってば。だって早く学校に行きたいのに二人とも遅いんだもん。待ちきれなくて」
「もう~!ほんとにゆきちゃんは学校好きだよね」
しょうがないなぁといった感じで呆れられた。わたしが学校を好きなのは当然!
「そりゃわたしは雪の精霊だからね!ヒトの集まるところが好きなんだよ!」
雪の精霊は人々に幸せを届けるのが使命だから人が多く集まるところを好む生き物なんです!
「でた、ゆきのいつもの中二設定」
ダブルでひどい言いざまだ。中二だけど中二じゃないし!それに設定とかゆーな。
あか姉は口調がぶっきらぼうだし表情筋も死んでるから誤解されやすいけど本当は世話焼きですごく優しい。歳も近いし親しみやすい大好きなお姉ちゃん。
「あんまり人前で言うとイタイ子だと思われる」
でも時々毒を吐く。
通学路はそんなに長くもないので他愛ない会話をしているうちに我が家へと到着。
以前日本にいた時は3LDKのマンションに住んでて家族みんなで雑魚寝状態だったけど、アメリカで広い家を経験してしまったわたし達は贅沢になってしまった。
なので日本へ帰国することが決まったとき、両親に懇願して夢のマイホームを購入してもらった。
わたしが日米両国での芸能活動で稼いだお金を両親が貯金してくれていたので、そのお金も奮発してもらってまずは念願の一人部屋を全員獲得。
そしてリビング。うちは家族仲が良くて基本みんなはリビングで過ごすことが多いんだけど、その広さも十分で全員集まってもゆっくりできる理想の間取り。
もうひとつスポンサーとしての発言力でワガママを言ったんだけど、その話はまた後で。
玄関で靴を脱ぎ、憩いのリビングに入るとかの姉が先に帰っていてソファでテレビを見てくつろいでた。
「あらあら~。みんなそろっておかえりなさ~い。」
口調の通りおっとり系のかの姉は我が家の癒し。ただひたすらマイペースでなにかと手のかかるところもある。あか姉が世話焼きになったのは間違いなくかの姉の影響だろう。
どことなく母性が感じられる優しさで一緒にいると安心できる。もちろん大好きな姉さん。
「ちょっと校門前で捕まっちゃってね。より姉はまだなの?」
「まだ帰ってこないわねぇ。にしてもゆきちゃんの人気ぶりは相変わらずなのねぇ」
わたしは何も言っていないのになぜわたしが捕まったことになっているのか。
わたしが異議を申し立てる前にひよりが「ほんとゆきちゃん人気がすごくてわたし達が見つけた時には芸能人並みに囲まれてて近づくのも一苦労だったよ!」と言い、あか姉がそれにうなづいたことでわたしの言論は封殺されてしまう。
かの姉も最初から分かっていたとばかりに「ゆきちゃんはどこに行ってもみんなに好かれますから」と事実認定。
恥ずかしくなってきたのでなんとか反論しようと「お姉ちゃんたちも十分人気者じゃない。男子のファン多いらしいよ!」と発言するものの「ゆきは男女問わずだけどな」とあか姉によってあえなく返り討ちに会い撃沈。
「ぐう……」
なんとかぐうの音は出た。
同性にモテても嬉しくないし!異性からはモテているというよりも珍しい生き物を珍重するような扱いだし。わたしはツチノコかなんかですかね?
友達が増えるのは嬉しいんだけど。何度でも言うけど中身はちゃんとノーマルな男の子です。
「たで~ま~」
そうこう言っているうちに長女のより姉が帰宅。おかげでこれ以上不利となる前に話題を終わらせることができた。
「おかえり~」
あいさつは大事。我が家ではおはようからおやすみまであいさつ徹底。
これで
「おーみんな帰ってきてたかー。ひさびさに帰ってきた日本は楽しかったか」
思春期真っただ中に母さんが再婚したせいか、一時期新しいお父さんに反抗していた時期があったより姉。その影響でちょっと口が悪いけど、誰よりも家族愛の強い我が家の長女。責任感もあってすごく頼りになる、そしてみんなを守ろうとしてくれる大好きなお姉ちゃん。
お父さんともいまでは打ち解けて普通に会話するようになった。
「すごく親切にしてもらいましたよ~。やっぱり日本人は思いやりのある人が多いですね。」「友達ができた」「みんな優しくて楽しかったよ!相変わらずゆきちゃんは大人気だったしね!」「質問攻めでちょっと疲れたけど楽しかったよ」とみんなの報告を聞いてより姉は満足げにうなづく。
「そかそか。みんな楽しそうで何よりだ!ゆきも相変わらずみてーだしな!わははは!」
笑い方。アニキって呼んでいい?
「ゆき、なんかよからぬこと考えてないか?」
「みんな帰ってきたことだし、晩御飯作り始めるね」
より姉怒ると怖いからここは華麗にスルー。
我が家の食事作りはわたしの役目。他のみんなもそれなりにできるけど、わたし自身料理が好きだし、みんなが美味しそうに食べてくれるのを見るととっても幸せな気持ちになる。だからこの役目は譲れない。
小学生の低学年の頃からお母さんの手伝いをし始めて、全部ひとりでできるようになったころには「お母さんが作るより美味しいよ」って褒めてもらった。
それ以来ずっとみんなに美味しい料理を食べてもらいたくて作り続けてるんだけど、幸せそうな顔をもっと見たくてレパートリーをいろいろ開発中。努力の甲斐もあって腕前にはそれなりの自信がある。
「昨日買い物に行って調味料を揃えることができたから今日は和食だよ。やっぱり日本は調味料が豊富で料理の幅が広がるな~!」
「しばらくは引っ越しの後片付け大変だったもんね。ゆきちゃんの和食たのしみ!あ~おなかすいた~」
「我が家のおふくろの味はすっかりゆきの味」
「いつもわりーな、ゆき。今日は転校初日だし疲れてるんじゃないか?」
「全然大丈夫!それにみんなのお世話をするのはわたしの生きがいだし!」
みんなが安心して暮らせるように家事をするのがわたしの喜び。だから料理と掃除はわたしの担当。
本当は家事全般したいけど、そこはさすがに年頃の女の子たち。ちゃんとわたしを男の子だと認識しているようで、洗濯だけは姉妹四人が交代でやっている。
わたしも姉や妹に下着を触られるのは恥ずかしいんだけどな……。まぁみんなの下着を洗濯するっていうのもそれはそれで複雑な気分になるだろうし我慢するけど。
「手伝うことがあったらなんでも言ってくださいね~」
「大丈夫だよ!お父さんとお母さんは遅くなるのかな?」
「あー二人とも遅くなるみたいだから先に食べとけってメールきてたぞ」
二人とも忙しいみたいでこうやって遅くなることがほとんどだけど、毎回必ずこうやって誰かに連絡をしてくれている。
なので毎回「了解。温められるようにしとくね」と対応をしておくことができるので家族の間でも報連相って大事。
もう何年も続けてきた慣れた作業なので手際よく調理をすすめる。他の姉妹たちはひとりとして部屋にこもったりせずリビングで思い思いに過ごしている。
みんな家族で過ごすのが大好きなので自己中心的な行動をとる人なんていない、温かい関係。みんなの姿が見えて安心する。対面キッチンにしてよかった。
ちなみに今日の献立はぶり大根と菜の花の胡麻和え、筑前煮にお味噌汁。和風調味料が嬉しくて煮物が二品になっちゃった。時短調理法でどちらもしっかり味はしみこんでいる。
女の子とはいえみんな育ちざかりなのでけっこうな量を作る必要があったけど、それもいつものことなので手際よく料理してほどなく完成。
配膳や食器を出したりはいつも手伝ってくれるので食事の準備も終わってわたし以外みんな食卓に着いて待機。調理器具を洗うわずかな時間だけど待ってくれている。
我が家では仲間外れは許されない。洗い物も終わりわたしが席についたのを見てより姉がみんなに呼びかける。
「みんな揃ったなー。んじゃ食べっか」
全員で声をそろえて『いただきます』
いつもと変わらないみんな揃っての食事。なんてことはないみんなにとっては当たり前、日常の一コマに過ぎないこの時間がわたしにとっては至福の時間。
「おいし~!さすがゆきちゃんだね!割と短時間で作ってるのに煮物なんかも全部しっかり味が染みてるのすごいよね」
「これも才能と経験ってやつかな。料理にもセンスが必要って言うし、ゆきには歌と踊り以外に料理のセンスもあるってこった。下手なお店よりうめーもんな」
「普通にお金とれるレベル」
「ほんとゆきちゃんはいいお嫁さんになれるわねぇ」
嫁ちゃうし。
「そんな褒めてもデザートのわらび餅くらいしか出ないよ~」
「やった~ゆきちゃん手作りのわらび餅だ!」
「手作りかー。あいかわらずのことだけどゆきはほんとなんでもできるな」
「そんなに難しいもんじゃないよ。覚えればみんなでもできるくらい」
「それできるやつ理論」
あか姉いわくその辺で買えば決して高価でもないものをわざわざ自分で作ろうとすること自体ができるやつだからこそ言える。まず作ろうという考えすら浮かばないとのこと。
どうせならおいしいのを食べてほしいから手作りをするだけなんだけどな。自分で作れば好みの味に調整できるしね。
「ちょっとしたものでも一番いいものをあたしらに提供しようとしてくれてるってことだろ。ゆきみてーなできた弟をもったあたしらは幸せもんだな」
そこまで褒められたら悪い気なんてしない。でもね、優しい姉さんたちと可愛い妹に囲まれて暮らしてるわたしがきっと一番幸せ者だと思ってるよ。恥ずかしいから口には出さないけどね!
「おいしかった~!」
いつも食べるのが一番遅いひよりも食べ終わったところでみんな揃って「ごちそうさま」
全員が食べ終わるまで誰も席を立とうとしないのも我が家での暗黙の了解。その後に出したわらび餅をおいしくたいらげて、何も言わずとも各々がシンクに運んでくれた食器を洗い出す。
これもみんなのお世話の内だからわたしのお仕事だけど、いつも誰かが手伝ってくれる。今日はひよりが食器拭きを手伝ってくれた。
そして食後のまったりタイム。
アメリカに住んでいた時からの習慣で、十分な広さのあるリビングには家族全員が座っても余裕があるほどのソファーがコの字に配置されてるんだけど、相談したわけでもないのに座る位置はいつも決まっている。
テレビ正面の中央がわたしで左側にひより。右がより姉。テレビに向かって左側の辺にかの姉とあか姉が座る。普段あまり家にいることの少ない両親だけど、いても右側の辺に二人並んで座るのでわたしの場所は変わらない。
一家の大黒柱なんだから真ん中に座るように言ってもわたし達が並んでいるのを眺めているのがいいからと拒否された。
広いソファーなのでひよりとより姉の両側も空いてるからそこに座らないのかとかの姉たちに聞いたところ、それだとわたしの顔が見えないからイヤらしい。
年長者たちを差し置いてど真ん中へと座ることに最初はいたたまれない気持ちになったけど、誰も場所を変えようとしないのでそのうちに慣れてしまった。
ちなみにひよりやより姉がいない時はかの姉かあか姉が代わりに座るからわたしの両側が空席になることはない。
2人は順番なんかを決めていないみたいだけど争うことなくその時の状況次第って感じでわたしの隣に座る。性格は正反対なのに仲がいいんだよね、この2人。小さいころから2人でいることが多かったせいだろう。
テレビを見ながら何気ない会話をしていたらいい時間になってきたのでお風呂に湯を張った。
我が家のお風呂もこだわりポイントのひとつでとにかく広い。旅館の家族風呂なみの広さがあるので姉たちが全員で入っても余裕なくらいの広さがある。シャワーは4つ。
本当はもっと増やそうとしたけど水圧が維持できないという理由でこうなったみたいなんだけど、それ以上増やす意味ないよね?家族全員で入る気だったのか?ひよりとの初配信は大成功で、再生数も今までの神回に負けないくらいの勢いで増えていった。 すっかりダンスの楽しさに目覚めてしまったひよりは、次の配信に向けて昨日とは別の楽曲のダンスを練習し始めた。 そして配信が終わった翌日の日曜日。 まだみんなが寝ている早朝からわたしはスタジオでひとり、ダンスの収録に励んでいた。 昨日、ひよりがわたしのアバターを使っていたのを見て思いついたこと。それを早速試してみているのだ。 まずは普通にダンスを踊りながら、優れた空間認識能力と記憶力を使って自分の動きを頭に叩き込む。 次にモーションキャプチャを装着して、先ほど撮った動画に重ね撮りする形でトレースした動きに合わせ踊る。 これぞゆきちゃんのゆきちゃんによるゆきちゃんのためのダンス! ただ1人2役でデュオをしているだけなんだけどね。 でも動画を見直してみるとなかなかの完成度。 明日の投稿動画にするにはちょうどいい。さっそく予約投稿をして月曜の朝には配信されるようにしておいた。 そこまで終わると休日出勤する両親の朝食を準備するため、リビングへ向かう。 作り置きのおかずやみそ汁を温め、目玉焼きを作っていると両親が起きてきた。「お父さん、お母さん、おはよう」 キッチンの中から声をかけると、2人とも朗らかに返事をしてくれた。「おはよう、ゆき」「おはよう」 最近休日出勤や残業ばかりでとても忙しそう。わたし達のために一生懸命働いてくれるのはありがたいんだけど、2人の体のことが心配だ。「2人とも大丈夫? とても忙しそうだけど、疲れが溜まったりしてるんじゃないの?」 無理がたたって体を壊してからでは遅い。この先姉妹たちには大変な思いをさせてしまうから、両親にはいつまでも元気でいてもらわないと。「大丈夫よ。そろそろ2人ともまとまった休みが取れそうだし、また家族みんなで旅行にでも行きましょう」 そう言ってくれるのはありがたいけど、休みの日くらい夫婦水入らずで仲良く過ごして
学校での放送の効果があったのか、近所での噂もすっかり落ち着いた。 そしてあの事件が起きて以降、変化したことがある。 姉妹たちの距離がやたらと近くなったような気がするのだ。 いや、以前から物理的な距離はけっこう近かった自覚があるんだけど、今は何と言うか、心理的な距離というかやたらと懐かれているというか? 特にひよりが顕著だ。 受験も終わって肩の荷が下りたので、また一緒にダンスのレッスンを再開しているんだけど、それ以外の時間でも何かにつけて一緒にいる。 どこに行くのにも、例えばその日の夕飯の買出しなんかにも一緒についてきて、わたしの周りを嬉しそうに飛び跳ねている。 他の姉たちも、わたしと行動を共にする頻度が増えたような気がする。 そして、以前のようにきらりさんや琴音ちゃんが遊びに来てもあまり警戒しなくなった。 なんだか余裕のようなものが見える。2人の言うことにいちいち反応せず、さらりと受け流している姿には貫禄すら感じるくらい。 さすがに抱き着いたりした時には追い出そうとするけど。 みんなの意識にどういった変化があったのかは分からないけど、以前より圧倒的に過ごしやすくなったので、これはこれで良しとしよう。 そしてダンスに打ち込むようになったひよりはその実力をめきめきとつけていき、今や基本的な動きはほぼできている。 これなら何曲か完全にマスターしてもらって、一緒に踊ることだってできるだろう。 ということで基礎練習はそろそろおしまいにして、わたしの曲をベースに実際通しで踊ってみることにしたんだけど、思ったよりついてくることが出来ていて驚いた。わたしの練習をしっかり見て覚えたんだね。 これならもう少し練習するだけで、全然人に見せていいものになると思う。 となれば善は急げ。「ひより、わたしと一緒にリスナーさんの前で踊ってみない?」 わたしの提案に目を丸くするひより。「そんな、わたしなんてまだまだ早くない? やっと1曲通して踊れるようになったばかりなのに」
休み明け、学校に登校する道すがらですでに予兆はあった。ひよりとあか姉、3人で歩いているとあからさまに感じる視線。 同じ学園の生徒だけでなく、近所の主婦やお店の人、果ては小学生までじっとこちらを見てくるくらいだから、相当広まっていると考えたほうがよさそうだな。 学校が近づくにつれて視線はさらに増え、そこかしこでヒソヒソ話も。なんか悪いことした人みたい。 視線の集中砲火を潜り抜け、ようやくたどり着いた教室。だけどそこは安住の地などではなかった。 教室に入るなり押し寄せる群衆。口々に発せられる質問の数々。 あーもーうっせー!「とりあえずみんな落ち着こう! 何言ってるかさっぱり分かんないよ」 動体視力は人並外れてるから、怒涛の勢いで流れるコメントを拾うことができるけど、耳まで同じというわけにはいかないんだよ。聖徳太子にはなれません。 とりあえずみんなを代表して文香が質問してきた。さすが副会長。身分が人を変えると言うけど、文香も副会長になってからずいぶんと頼もしくなったもんだ。あれだけ引っ込み思案だったのに。「ゆきちゃんの家に強盗が入ったって街中の噂になってるけど本当なの!?」 うん、やっぱりその話題だよね。知ってた。でもわずか2日で街中とか。 いくら普段事件なんて起きない平和な田舎町とはいえ噂が広まるの早すぎない?「一応ほんとのことだけど、どうしてみんながそのことを知ってるのかが疑問なんだけど」 それに応えてくれたのが木野村君。まさか……。「俺は従弟に聞いた。同じ道場に通ってた兄弟弟子なんだろ?」 そう、木野村君は事件当日に来てくれた松田巡査の従弟。「うん、当日うちに来てくれたのも松田さんだったしね。それでどこまで聞いているの?」 仮にも警察官なんだからいくら従弟とはいえ、詳細には話していないだろう。「けっこう詳しく教えてくれたぜ。広沢が強盗を半殺しにして病院送りにしたらしいな」 松田ぁぁ! 警察官が事件内容を一般人にペラペ
姉妹達の献身的な介護のおかげもあって、その日の夜にはお風呂に浸かりながら自分でマッサージできる程度には痛みも引いていた。 明日の学校に響くことがないよう、しっかり念入りに自分の手の届く範囲をもみほぐしていく。 けっこうな痛みが走るけど、それが気持ち良かったりもする。 腕の傷は縫うまでもない薄皮一枚の浅いものだったので、お風呂上りに消毒だけしておけば問題ない。 湯船につかり、手足を伸ばして筋肉のコリをほぐしていく。「ふへぇ~」 お湯の温かさと痛気持ちいい感覚で思わず間の抜けた声が漏れる。 天井からポタリと水滴がひとつ。小さな滴が水面に波紋を作り、それは隅々にまで広がっていく。 心無い男が起こした事件のおかげで、わたしの周辺にも波紋が広がった。 本当はまだもう少し隠しておくつもりだった脳機能障害の話。 パトカーや救急車が集まってきてたから、事件が近隣や学校で噂になったりしないだろうか。 みんなはもう平気だと言ってはいたけど、心の中にはあの事件の恐怖が刻まれてしまっているだろう。 恐怖という感情はそんな簡単に薄らいでいくものじゃない。 幸いみんなはわたしの事を受け入れてくれた。だったらわたしがみんなの心に気を配り、少しでもケアできるようにしていかないと。 より姉にはもっと自分の事を考えろと怒られてしまったけど、やっぱりみんなの事を優先的に考えてしまう。 だってそれがわたしの使命なんだから。 物心ついたころから背負ってきた使命はそう簡単に曲げられるものでもない。 もし曲げてしまったらわたしはわたしでいられるのだろうか。みんなに幸せを届けられないわたしに存在価値なんてあるんだろうか。 どうやらわたしの心の中にまで波紋は広がっているみたい。今までこんなこと考えたこともなかったのに。 ロクなことを考えそうにないので、さっさとお風呂から上がってしまおう。 そう考えて立ち上がろうとした時、お風呂場の扉が音を立てて開いた。「え?」 素っ頓狂
病院から帰ったころにはすっかり深夜だった。 家族のみんなはもう就寝してしまっている。よかった。 正直既に全身が痛い。やはり全力で動いたことのツケがしっかりと回ってきている。 歩くだけでも辛い今の状態を、誰にも見られずにすむのはありがたい。 なんとか自分の部屋にたどり着き、着替えもせずそのままベッドに倒れこんだ。 目を閉じると浮かぶのは姉妹たちの怯えた表情。まさかわたしがあんな顔をさせることになってしまうなんてね。 自嘲気味に笑いながら、自分の覚悟を決める。 明日、みんなに伝えなきゃ。 翌朝、痛む体をどうにか引きずり、朝食を作ろうとリビングに下りていく。階段を一段下りるたび、全身を駆け巡る痛み。 どうにか下の階にたどりつき、キッチンを覗くとお母さんがすでに朝食を作っていた。 家族の前で痛そうな姿を見せるわけにはいかないので、姿勢を正し痛みをこらえてお母さんに近付く。「どうしたの? 朝食ならわたしが作るのに」 お母さんは何も言わずにちらりとわたしを見ただけで朝食を作り続ける。「お母さん?」「わたしが何も気づかないとでも思っているのかしら? 手足を動かすだけでも辛いんでしょう。部屋に戻るのもキツイだろうからそこのソファーで横になっていなさい」 そうか。全部を知ってるお母さんには強がっても意味ないよね。ちょっと怒ってる?「ごめんなさい、ありがとう」 素直に厚意を受け取ってソファーに転がる。そこまでの一連の動作だけでもきつかったけど、横になってしまえば随分と楽になった。 昨日は遅くなったのでまだ少し眠い。気だるさを感じたわたしは横になったまま目を閉じた。「ゆき、朝ごはんができたわよ」 お母さんに揺り起こされて気が付いた。いつの間にか眠っていたらしい。やはりまだ疲労が抜けていないのかもしれない。 どうにか起き上がり、テーブルの方を見て驚いた。 姉妹たちが全員揃ってもう席についている。お母さんが起こしに
心肺停止? でも今でもゆきは元気にしてるじゃねーか。「ゆきは一度死んでいるのよ」 そんな……。ゆきの姿を思い浮かべる。あいつが一度死んだ? その事実がまだうまく呑み込めない。 他の姉妹を見ても、みんなショックを受けて固まってしまっている。 今の元気なゆきの姿からは想像もつかない。ひとつだけ心当たりがあることと言えば……。「あなた達、4分間の壁って聞いたことある?」 突然母さんが質問を振ってきた。全員が首を横に振る。「そう。これから何かの役に立つこともあるかもしれないからよく覚えておいて。人間はね、心肺停止から3分で生存率が50%に下がる。 そして4分を過ぎると高い確率で脳に障害が残ったり、下手をすると植物状態になったりするのよ」 脳の障害……。まさか!「あの子の心肺停止の時間は6分。奇跡的に息を吹き返したけど、なんらかの障害が残ることは間違いないとまで言われたわ。 幸い、言語や行動に大きな障害が残ることはなかった。それでもあの子の世界から全ての色は消えてしまった」 やっぱり……。ゆきの目はそんな事情で……。 ひとり知らされていなかったひよりが驚いた表情のまま硬直している。その気持ちは分かる。あたしだって最初に聞かされた時はなんて声をかけていいか分かんなかったもんな。「ひより以外はみんな聞いていたみたいね。ひより。気持ちをしっかり持って。ゆきの目はね、全ての色が見えないの。 普通は色覚障害というと光の三原色のうちひとつかふたつが見えないだけでなんらかの色は見えるのだけど、ゆきの場合は全色盲といってすべての色が見えず、完全に白と黒しかない世界に住んでいるのよ」 驚きのあまり固まっていたひよりが目に涙をいっぱいに溜めながら声を上げた。「でも! ゆきちゃんは普通に生活してたよ? 信号の色もちゃんとわかってるもん!」「あの子の本棚見たことある? その中に色彩図